The World is Not Enough.

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主に映画と海外ドラマの感想を書いてます。ネタバレなしカテゴリ以外はネタバレあり。時々文房具やコスメの話も。

"崇高"とは何か(マグニフィセント・セブン)

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今回はネタバレ有りで『マグニフィセント・セブン』についてちょっと思ったことを書いていこうと思います。

※鑑賞直後にネタバレ無しで感想を書いた記事はこちら。


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この映画、さして西部劇が好きというわけではない私でも大興奮したくらい本当に面白いですし、Twitterなんかでもかなり盛り上がっていると思うのですが、どうも世間であまり流行っていないような…?

まあ特別映画が好きというわけではない人でも知っているような大スターが出ているわけでも、特定のアツいファンのついた俳優(たとえばマッツ・ミケルセンとか)が出ているわけでもないし、やはり西部劇というジャンルが人を選ぶような気もするしで、仕方ないかなとは思うのですが。

 

鑑賞された方の意見としてちょくちょく見かけたのが、「なんでチザム(デンゼル・ワシントン)以外の6人が、明らかに自分が死ぬの分かっていて人助けしたのか?という明確な理由が分からない」というものです。

で、今から書くことは、私がリメイク元の『荒野の七人』も、なんなら原案の『七人の侍』も未見の状態で勝手に言うことなのでまるで見当違いかもしれません。そこはご了承ください。

 

チザムには、映画終盤で明かされる通り、実はピーター・サースガード演じる悪徳実業家ボーグに家族を殺されてしまった過去があります。だから、自分自信がボーグに復讐をしたい気持ちがあるわけで、それがエマ(ヘイリー・ベネット)たちを助ける動機になります。そして、私が思うに、チザム以外の6人の協力については、そもそも「明確な理由」なんてないんです。

もちろん映画の中を探してみれば、それらしきものを見つけることはできます。たとえばファラデー(クリス・プラット)は賭けで失ってしまった愛馬を取り戻すお金がなかったところ、チザムがかわりにお金を払って愛馬を取り戻してくれたので、チザムに"借り"が出来ます。この借りを返すためにチザム、ひいてはエマたちに協力するわけです。また、バスケス(マヌエル・ガルシア=ルルフォ)はお尋ね者だったところ、委任執行官であるチザムに「協力すれば、俺はもうお前を追わないよ」と言われて協力することになります。

たしかにこれらの要素は、6人がチザムに協力する理由の1つではあるでしょう。でもそれは根源的な理由ではなくて、彼らは単にチザムのことが好き/気に入った、つまりチザムへの好意から協力したくなった、あるいはしてもいいと思ったんじゃないでしょうか。

 

私たちが人を助けるとき、人に手を差し伸べるときって、特に理由なんてないのが普通なんです。いちいち「この人は○○だな。だから他の人じゃなく自分が助ける必要がある」とか考えないはずです。それがおそらく"純粋な"人助け。チザム以外の6人も、別に理由なんてないけどチザムを助ける。よくよく考えてみれば、チザムを助ける理由なんてない。愛馬の代金だって頼んでもいないのにチザムが払っただけだし、どうせ賞金首のままなんだったらそれがどうした、と思うこともできたはずです。

でもファラデーは酒場にチザムが入ってきたときから「なんだかこの男面白そうだな」と感じたし、見境なく発砲するような人間ではないと思った。だから数人が撃ち殺され、皆が恐れをなして逃げていく中で平然と座っていた。バスケスも、お互い面識もないのに落ち着き払って「凄腕の俺に追われなくなるって、すごいメリットだぜ?」って雰囲気を出してくるチザムのことを気に入った。グッドナイト・ロビショー(イーサン・ホーク)に関しては、過去の南北戦争で、南軍の彼を北軍のチザムが助けたということしかわかりませんが、おそらくそこでチザムの人となりに触れて気に入ったのでしょう。ビリー(イ・ビョンホン)は他の人とは違ってチザムには当初なんの感情もないはずですが、自分が友として信頼するグッドナイト・ロビショーが迷いもなく協力を決めたんだから、自分も当然協力する。ジャック・ホーン(ヴィンセント・ドノフリオ)は自分の腕を見込んで声をかけてきた一行を気に入って、わざわざ追いかけてきてまで仲間に入った。レッド・ハーベスト(マーティン・センズメア)は、自分の文化(狩りの獲物の内臓を生で食べる)を尊重するチザムに好感を持ったし、信用に足る人物だと思った。ちなみにレッド・ハーベストと初めて出会うシーンでは、直前まで「ネイティブ・アメリカンの一族に取り囲まれているかもしれない」といって警戒していた一行が、チザムのたった一言で警戒を解いたのが印象的でした。それだけチザムの判断を信頼しているんだなあ、と。

 

なんとなくの好意から始まった一行の関係は、一緒に過ごすうちに友情へと変わっていきます。チザム以外の6人についてはそれぞれ、対立する関係を乗り越えての1対1の友情が描かれています。

グッドナイト・ロビショーは、南北戦争のときに奴隷制存続を掲げた南軍に属していたということは有色人種への差別や偏見が強い、もしくは偏見の強い環境にいたはずです。そしてビリーはアジア系移民。酒場で酒を出してもらえないなど、差別される側です。ファラデーとバスケスは、お互いを「メキシコ人」「白人」と呼んでバカにしていました。ジャック・ホーンはネイティブ・アメリカンを殺して国から報奨金をもらっていたという人物で、レッド・ハーベストはネイティブ・アメリカンです。

そして、グッドナイト・ロビショーとビリーは互いを信頼し、ガトリング銃の格好の的になることが分かっていても力をあわせてファラデーの援護のための狙撃をやめませんでした。バスケスは、ファラデーが撃たれると血相を変えて、身を艇してでもファラデーを援護しようとします。レッド・ハーベストは、ジャック・ホーンを手にかけたデナリ(この人もネイティブ・アメリカン)を殺して復讐を果たします。

 

なんとなくの好意から始まった関係が対立すら乗り越えて友情に昇華し、そして友情ゆえに命を賭して戦う。その行為こそが「崇高」なのだ、というのが、この映画の伝えたいメッセージです。

だからこそ、男たちに混じって必死に銃を撃ち、最後には自身の復讐を果たしたことでチザムの命を救うことにもなったエマは、あくまで「マグニフィセント・セブン」にはなり得ないのだと思います。

 

 

『マグニフィセント・セブン』の監督であるアントワン・フークア監督作。
チザム役デンゼル・ワシントン主演、グッドナイト・ロビショー役イーサン・ホーク共演。


同じくアントワン・フークア監督、デンゼル・ワシントン主演のアクションスリラー。
エマ役ヘイリー・ベネットも出てます。

 

アントワン・フークア監督作品たち。