ザ・コンサルタント

ベン・アフレック主演の『ザ・コンサルタント』を観てきました。
ややネタバレを含みつつ、感想を書いていきます。

 

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先に言っちゃいますけど、この邦題、もうちょっと何とかならなかったんでしょうか?
上の画像を見ていただいて分かるとおり、原題は"The Accountant"(=会計士)。
まあ、どうせ日本語で"The"のニュアンスを訳しきれないし…ということで原題は無視しちゃおう!となったのかもしれませんが、コンサルタントって別ものじゃないですか。それはさすがにどうなの?と思わなくもない。いや、思います。
邦題お得意の併記方式で、『ジ・アカウンタント/会計士』とかにしちゃえば良かったのに。

 

さてさて、文句はこのくらいにして、感想へとまいります。

この映画、日本公式の宣伝文句は

昼は田舎のさえない会計士の仮面をかぶり、夜は裏社会の殺し屋として巨悪に対峙する。政府、マフィア、巨大企業――アメリカ裏社会を、たった一人でかき回すこの男、一体何者だ!?

 となっていまして、CM・予告編もこんな感じで作られています。

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中盤以降、なぜなぜ坊やが降臨したのか?ってくらい、怒涛の「なぜ?」ラッシュが起きていますね。これらの謎の一部については、この記事を読んでいただけると分かるかと思います。

ただ、この映画が楽しみで楽しみで仕方なくて近々に観に行く予定、という方は、この記事をご覧にならず、ご自身が予告編から受けるイメージだけを持って鑑賞に臨まれたほうが楽しめると思います。

 

 

さて、ここで、この映画についての私の鑑賞前と鑑賞後の感想を。

鑑賞前の私;

「昼は会計士、夜は殺し屋の主人公が、会計士として受けた監査の仕事をきっかけに巨大な陰謀に巻き込まれ、J.K.シモンズ演じる強面の政府関係者やら裏社会の悪者たちに追いかけまわされながらも最後には真実を暴く!ってストーリーっぽいなあ。まあまあ有りがちな話ね。」

鑑賞後の私;

「これアクション映画じゃない、お仕事ムービーだ!」

 

そうです。この映画、実は、大変なことに巻き込まれちゃった主人公の非日常を描いたものではありません。あくまで主人公にとっては、この映画内で起こることは日常の一部なのです。

 

そもそも主人公は「昼は会計士、夜は殺し屋」だなんて淑女と娼婦みたいなキャラクターではなく、昼も夜も会計士、一貫してただの会計士です。

『ミッション:インポッシブル』のイーサン・ハントや『007』のジェームズ・ボンドのように、指令を受けてターゲットの殺害を実行しているわけではありません。生業として殺しをしているわけではないのです。

ただし彼が特殊なのは、会計士としての仕事の顧客が裏社会の人々で、結果的に命を狙われることも多々あり、命が狙われた際にはきっちりお返し(=殺害)するという点です。

 

この映画は、冒頭、緊迫感あふれる連続殺人のシーンから始まります。一体誰の視点で描かれているシーンかもわからぬまま、観客である私たちは映画に引き込まれていきます。

そしてそのシーンが終わるや否や、観客は主人公が高機能自閉症であること、それゆえ一度始めたことを終わらせられなければパニックになること、友達と呼べる存在は弟しかおらず、家族以外の他人と接するのが苦手であること、しかし人並み外れた観察力を持っている(なにせ彼は少年期にジグソーパズルを裏向けの状態で完成させることが出来るのです)ことを知ります。

 

主人公の両親は、自閉症の専門家から、彼が運営する施設に主人公を入れてみないかと提案を受けますが、軍人である主人公の父親はそれを断ります。この父親がですね、賛否両論あるのかもしれませんが、少なくとも主人公にとっては素晴らしい人なんです。

最初、軍人という設定から、私は勝手にマッチョイズムにあふれ、偏見に満ちた父親像を想像しました。父親は人と違っている息子を受け入れられず、普通の子と同じように育てたいんだな、と。

しかし、主人公が細切れに思い出す回想を観ていくと、私の想像は完全に間違っていたことが分かりました。確かに主人公の父親はシバき体質でした。しかし父親は、息子の教育方針の対立から家を出ていく母親を見てパニックを起こす主人公をしっかり抱きしめます。そして、人と違っていても逞しく生きていけるようにと主人公(と弟)を鍛えました。その鍛え方はすさまじく、自分の子供たちを大の大人、しかも格闘のプロと血まみれになるまで戦わせるというものでした。主人公のあまりにも鮮やかな戦闘技術は、少年時代の文字どおり血の滲むような努力の賜物だったのです。

 

ここまで「主人公」「父親」と書き続けていますが、これは彼らの名前が本編中で一切明らかにされないからです。予告編にも出てくる通り、主人公はクリスチャン・ウルフ(ウォルフ)と名乗ります。しかしこれは、彼の数ある偽名の1つにすぎません。

ある1つの名前で不都合が起きると、主人公はその名前の人物は死んだことにして、次の名前を名乗り始めるのです。ちなみに偽名はどれも著名な数学者の名前からとられており、このことがJ.K.シモンズ演じる財務省の捜査官レイモンド・キングとその部下を、主人公の自宅へと導く手がかりの1つとなります。

 

ところで、主人公には相棒のような存在の人物がいます。といっても"彼女"は結末まで姿を現すことはなく、劇中のほとんどでは、電話で主人公と話す声が女性のものであると分かるのみです。個人的にはこの人物の正体もこの映画ならではで、とても素晴らしい設定だったと思っています。

裏社会御用達の会計士の仕事をする上で、主人公のモラルに照らして許せないことが起こると、相棒が匿名でレイモンド・キングに情報を流します。そのおかげでキングは数々の功績をあげることが出来たのですが、キングは、電話の人物のかげに、かつて捜査現場で出くわした男="会計士"が隠れているのではないかと感じています。

引退が間近に迫ってきたキングは、個人的な好奇心で主人公の正体が知りたいと願い、女性分析官を、彼女の経歴詐称をたてに協力させます。予告編とか見ていると、キングは"会計士"の正体を暴いて逮捕するつもりのように見えたのですが、そういうわけではありませんでした。

 

相棒からの「たまには普通の企業の仕事も受けたほうがいい」という勧めによって、主人公は家電会社の仕事を受けることにしますが、彼の並外れた能力によって不可解なお金の流れが明らかになりそうになったその時、会計上の不正を行っていたと思われる人物が自殺(に見せかけて殺害)、彼の死を嘆いた社長によって、主人公の仕事は途中で中止されます。

ところが主人公と、不正が明るみに出るきっかけを作った経理部の女性社員(演じるのはアナ・ケンドリック)は殺し屋に狙われることとなります。社長の妹も何者かに殺されてしまい、主人公が真実を知るために残された方法は、社長に直接聞くことのみ。このあたり、主人公が今回の事件に巻き込まれる理由が「一度始めたことを途中でやめることが出来ず、仕事が中止になってからも会社のことを嗅ぎ回るから」というもので、回想シーンが活きていました。

 

ところで『ジャック・リーチャー NEVER GO BACK』の感想でもチラッと書いたのですが、私は、「強い主人公の足かせ(足手まとい)になるキャラクター」が苦手です。

予告編を観たとき、どう見てもアナ・ケンドリックの役まわりが敵をバッサバッサとなぎたおしていくものでないことは明らかだったので、すごく不安でした。足手まといキャラって、拉致されて人質にされたりしがちなので、どうしてもテンポが悪くなるし、フィクションなんだけどイライラしちゃうんですよ…。

でもこの不安は、主人公が彼女を立派なホテルの一室に置いて出て、単身社長宅に乗り込むという展開だったために杞憂となりました。足手まといキャラが即死亡、という若干複雑な気持ちになるキャラクターの処理方法じゃなくて良かったです。

 

この映画の普通と違っているところの1つは、主人公の能力の元が高機能自閉症であることと、そのことを抱えて生きていけるよう父親が身に付けさせた格闘術によるものであることです。

そしてもう1つユニークなのが、クライマックスの展開。序盤からチラチラと、民間警備会社の人間と名乗る明らかに只者じゃない男が出てくるのですが、通常の展開であれば、主人公が社長宅に乗り込むとこの男が出てきて、死闘の限りを尽くして主人公が辛くも勝利を収め、怯えた社長から真実を聞き出してジ・エンドといったところ。

 

しかしこの映画は一味違います。私が異様に鈍い可能性は否めないので、同じくこの映画をご覧になった方の中には、そんなもん最初から分かってるわ!とおっしゃる方もおられるとは思いますが…。

ともかく、社長宅へ乗り込んだ主人公は、大人数の敵たちをサクサク片付けていきます。このシーンは手際がすごく良いので見応えあり。敵の数が残り少なくなるにつれ、敵もちょっと骨のあるのが出てくるのですが、なんとか勝利。その様子をモニターでじっと見ていた男は、主人公の顔を確認するとハッとしたような顔をします。なんと、この男、主人公の弟だったのです。(じゃじゃーん)

 

顔を合わせた主人公と弟は、過去のことで言い合いとなり、さっそく乱闘。弟とはいえ長年交流が途絶えていたようだし、やはりこのまま弟と戦うのだな…と思っていると、主人公が弟を組み伏せ、兄弟は突如和解。やきもきしながらモニターを見ている社長(演じているのはジョン・リスゴーですよ)そっちのけで、2人は話を始めます。緊張感溢れる潜入シーンの後、突然こんなシーンになるので、放置されている社長のことを思うとなんだかすごくおかしかったです。

そんな社長の末路はというと、しびれを切らして主人公兄弟のもとへやってきたかと思うと、しゃべっている途中に眉間に銃弾を一発…という、笑ってはいけないけれどおかしみを感じるものでした。

 

 

冷酷無比な主人公のハードボイルドなアクション映画かと思いきや、父と子、兄と弟、主人公と相棒のかけがえのない絆を描いた、人間賛歌のような映画だったので、観てみてすごく驚きました。

ひたすら緊張感の続く『ジェイソン・ボーン』シリーズや、エンタメに徹した『ミッション:インポッシブル』シリーズも大好きですが、ただのアクション/ハードボイルドかと思ったら一味違った、という展開に弱い私。『アウトロー』に続いて、ひとひねりある作風の虜となりました。

続編も作られると良いなあ。

The Accountant
2017年1月21日公開、同日劇場にて鑑賞

 

ハマる人はハマる、奇妙系ハードボイルド。

 

ベン・アフレックが情けない夫役を好演、こちらも奇妙なサスペンス。